隠岐一宮の御朱印旅

隠岐に鎮座する2社の一宮(一つは隠岐の島町、もう一つは西ノ島町に鎮座)へ一泊二日で参拝してきました。この2社の巡拝は、最難関とは言えません(私にとっての最難関は、対馬と壱岐に鎮座する2社の一宮だと思います)が、私には何度も訪れることができない地域です。幸いにも天気に恵まれ、2社とも御朱印をいただきことができました。また、拓郎さんの「都万の秋」の旅情にも出会(感激)えて、心に残る旅となりました。なお、「都万の秋」に勝手な解釈を綴ったりしていますが、ファンの方々、ご容赦ください。


 

前日に境港のホテルに宿泊し、翌早朝に松江市の七類港に車を止め、フェリー(写真①)にて隠岐の島町の西郷港へ。

隠岐諸島(写真②)は島根県隠岐郡に属していて、大きく島前(とうぜん)と島後(とうご)の二つに分かれています。観光マップ(写真②)の島前と島後の位置関係は距離感が実際とは異なっていると思います。写真③はこれから向かう島後(隠岐の島町)の拡大図です。 

西郷港で、予約していたレンタカーに乗り御朱印の旅をスタート。まずは、西郷港に近い玉若酢命神社へ向かいます。

その途中の道路案内標識(写真④)に「都万」の文字が現れます。都万(つま)ねぇ~、都万ってあのつまかな~。そう、カラオケでよく歌う「都万の秋」の都万かな~。興味をそそられ、帰りに寄ってみることにしました。

 

写真①:フェリー後部から七類港方面を撮影


写真②:隠岐観光マップ(全体)

写真③:島後(隠岐の島町)

写真④:道路案内標識

玉若酢命神社に到着です。鳥居を抜けると随神門です(写真⑤)です。国の重要文化財だそうです。随神門をくぐると拝殿です。本殿は「隠岐造り」(写真⑥)と言われるものなのだそうです。そして境内には八百杉(写真⑦)と呼ばれる巨木があります。人魚を食べて800年も生きたという若狭から来た「八百比丘尼」が植えた杉だそうです。

立派な本殿と広い敷地をもつ風格のある神社でした。

 

御朱印は、境内に隣接する社家・億岐家住宅(写真⑧)でいただきました。

 


写真⑤:玉若酢命神社の随神門

写真⑥:玉若酢命神社の拝殿と本殿


写真⑦:八百杉

写真⑧:社家・億岐家住宅


 

次に向かう水若酢神社へ行く途中、小ぎれいなマーケット(写真⑨)があったので昼食の弁当を購入、水若洲神社の境内で食べる場所あるかな~。

水若酢神社の駐車場に車を止めて、一の鳥居から二の鳥居(写真⑩)を通り本殿(写真⑪)へ向かう。そして参拝。こちらの本殿も隠岐造で国の重要文化財だそうです。社殿は、玉若酢命神社より少し小さいですが、こちらも素敵です。主祭神は、水若酢命です。

水若酢神社の境内の隣に隠岐郷土館(写真⑫)がありました。明治18年に周吉外三郡役所庁舎として建設され、大正15年~昭和43年まで隠岐支庁の庁舎として使用されていたそうです。この、市庁舎を正面に見れるところにベンチがありました。ここで、先ほど買ったお弁当を食べました。

13時を回ったので、社務所(写真⑬)で御朱印をいただきました。

 

 

写真⑨:途中に寄ったマーケット


写真⑩:水若酢神社の二の鳥居

写真⑪:水若酢神社の拝殿と本殿


写真⑫:隠岐郷土館

写真⑬:水若酢神社の社務所


 

本日の主目的である水若酢神社で御朱印をいただいたので、後はのんびり島内を巡って、今朝知った都万を目指します。

神社の裏手の道からスタートしたのですが、2種類の幟が何本もはためいていました。一つは「隠岐の海」関のもの、もう一つは小野篁と書いてありました。御朱印巡りをしていると、小野篁公とは、いろいろな所で遭遇します。京都の六道珍皇寺の「黄泉がえり井戸」から「あの世」と行き来し、あの世の閻魔大王と裁判(弁護役なのでしょうか?)をした、という方だったと思います。その他、業績は沢山あった方なのでしょうね。一時期、遣唐副使のお役目を拒んだとかで、こちらに遠流されていたそうです。

天気がよく、途中ロウソク岩や牧場の牛ちゃん達を眺めながらドライブ。更に、都万へ向かって走っていると「壇鏡の滝」という看板がありました。鳥居があります(写真⑭)。ここに車を止めて奥へ向かう。

写真⑭:壇鏡の滝入口


 

林の中を、しばらく歩くと、神社(写真⑮)がありました。壇鏡神社(写真⑮、⑯)と書いてあります。参拝して、滝を見つける(写真⑰)。写真は、滝の裏側から撮影したものです。主祭神は、瀬織津比咩命だそうです。先ほどの小野篁公が一心不乱にこの滝に打たれて、御赦免を祈願したそうです。

参道、社殿、滝など、こちらもパワースポットでした。

写真⑮:壇鏡神社拝殿


写真⑯:壇鏡神社本殿

 

壇鏡の滝から程なく都万へ到着。都万港を一望するとガーン!という衝撃音が頭の中に響きました。まさに、吉田拓郎さんの「都万の秋(作詞:岡本おさみさん、作曲:吉田拓郎さん)そのものの風景が広がっていました。

歌詞を紹介すると

一番:イカ釣り船が帰ると 小さなおかみさんたちが

   エプロン姿で防波堤を駆けて行くよ

   都万の朝は眠ったまま

   向うの浜じゃ 大きなイカが手ですくえるんだよ

 

二番:おかみさんは待っている 亭主の自慢話をね

   黙ってイカを洗う亭主に合槌うってね

   隠岐の島は逃げるとこなし

   盗人だって ここじゃどこにも隠れられない

写真⑰:壇鏡の滝


三番:海のきげんをとってきた 都万のおかみさんたち

   ひと荒れすりゃ ひと年も老けてきた

   明日の朝は 去ってしまおう

   だって僕は 怠け者の渡り鳥だから

 

歌詞の一番にある「イカ釣り船(写真⑱)」が係留されていました。「小さなおかみさんたちが駆けて行く」大きな防波堤(写真⑲)もありました。この防波堤は幅が広く頑丈そうで、しっかり走れそうです。余談ですが、争いごとのない所の人々の身体は、大きくなる必要がなく、小さいのだと聞いたことがあります。都万はそういうとこなんでしょうね。「向うの浜」ってどこだろう。遠望してあの辺なのかな~と想像をめぐらせました。「盗人だって、ここじゃどこにも隠れられない」という歌詞が、なんとなく唐突に思えていたのですが、ここ来て、なんとなく納得できました。よそ者が来て、まして怠け者が気楽生活できる場所じゃない、というところでしょうか?

写真⑱:イカ釣り船


写真⑲:防波堤の突端

写真⑳:都万の船小屋


 

写真⑳の三角屋根の小屋の連なりは、都万の船小屋と呼ばれているそうです。20棟ほどあるそうです。民俗資料的価値が高いということで昭和60年に再現したそうです。今でも使用されているとのこと。

 

都万の港で感激して、西郷港の宿に戻る途中に隠岐国分寺(写真㉑)へ伺って御朱印をいただきました。隠岐は古事記によれば三番目に生れた国だそうですから、聖武天皇もちゃんとここに国分寺を置いたのでしょうね。現在の国分寺は創建当時とは少し違う場所であったらしいですが、門をくぐった正面に後醍醐天皇の行在所跡がありました。寺務所で両開きの御朱印をいただきました。

 

本日は、これにて御朱印の旅は終了です。レンタカーをお返ししてホテルにはいりました。

写真㉑:隠岐国分寺 


 

隠岐の御朱印旅第二日目です。本日は、西ノ島に鎮座するもう一つの隠岐国一宮を目指します。

 

西郷港でフェリー(写真㉒)で西ノ島町(写真㉓:観光図)の別府港へ。別府港で、レンタカーを借りて、由良比女神社神社へ向かいます。

 

 

写真㉒:西ノ島の別府港へ向かうフェリー


写真㉓:島前の観光図

 

由良比女神社は浦郷というところの入り江に面して鎮座していました。参拝者向けの駐車場がみあたらなく、入り江の側の空き地に車をとめて、一の鳥居から(写真㉔)参拝に向かいました。鳥居を抜けると立派な随神門(写真㉕)です。随神門を抜けると拝殿・本殿(写真㉖、㉗)です。そして、参拝。

御朱印をいただける場所は何処かな、と思いつつ境内を散策していると、神社の山側の木々に色とりどりの大きなイカ(写真㉘)がぶら下がっていました。イカが神社に何らかの関りがあるのだろうなと想像させます。

 

社務所らしきところは閉じられていましたが、宮司さんの連絡先が記してありました。

 

写真㉔:由良比女神社一の鳥居


写真㉕:随神門

写真㉖:拝殿


 

入り江の車に戻ったところに立て看板があり、この浜の名前は「いかよせ浜」だというこうが分かりました。浜辺をみると、なんと、手でイカをすくっている人がいました(写真㉙)。由良比女神社の御祭神、由良比女命が当地にご渡海の際に、手を浸したところ、美しき姿を見たイカが噛みついたそうです。その非礼を詫びてイカが寄せるようになったと伝えられているそうです。

そうか~! 「向うの浜じゃ 大きなイカが手ですくえるんだよ」とはここだったんだ~!と一人合点しました(なんの根拠もりませんが目から鱗が落ちました)。

そして、宮司さん宅で無事御朱印をいただくことができました。

(そう簡単に、来れる場所でもないので、事前に、宮司さん宅に連絡をしておくことをお勧めします)

 

写真㉗:拝殿と本殿


写真㉘:境内の森にぶら下げられた大きなイカ

写真㉙:浜辺でイカをすくっている人


 

七類港へ帰る船(奮発してジェットフォイル)まで時間があるので、途中、国賀海岸の魔天崖(写真㉚,㉛)に寄ってきました。冬の日本海の荒波はすごいのだろうな、とう想像されます。

そして、別府港に戻りレンタカーを返却。まだ時間があったので、桟橋の向かい側の黒木御所跡(写真㉜)と黒木神社(写真㉝)を参拝。両方とも御朱印をいただけました。隠岐に流された後醍醐天皇が脱出までの1年間を過ごされた行在所と伝えられているそうです。昨日参拝した隠岐国分寺も行在所となっていました。現在は、両方が行在所として認められ県の指定を受けているそうです。黒木神社の御祭神は後醍醐天皇です。

これにて、隠岐一宮の御朱印旅は終了しました。何かと収穫が多く楽しい旅となりました。後は、ジェットフォイル(写真㉞)で七類港へ。

写真㉚:国賀海岸の風景


写真㉛:通天橋

写真㉜:黒木御所跡


写真㉝:黒木神社

写真㉞:七類港へ向かうジェットフォイル


 

1日目

玉若酢命神社

(たまわかすみことじんじゃ)

鎮座地:隠岐の島町下西701

御祭神:玉若酢命

 

水若酢神社

(みずわかすじんじゃ)

鎮座地:隠岐の島町郡723

御祭神:水若酢命

備考:隠岐国一宮、別表神社

 

 


 

隠岐国分寺(おきこくぶんじ)

山号:禅尾山

所在地:隠岐の島町池田風呂前5

宗派:東寺真言宗

御朱印:見開きでいただきました

(右)は太平記之寺

(左)は達筆で判読不能です、

行在所かな?

 

1日目の御朱印旅

玉若酢命神社水若酢神社→壇鏡神社→隠岐国分寺


2日目 

由良比女神社

(ゆらひめじんじゃ)

所在地:西ノ島町浦郷922

御祭神:由良比女命

備考:隠岐国一宮

 

黒木神社・御所

(くろきじんじゃ・ごしょ)

所在地:西ノ島町別府276

御祭神:後醍醐天皇

 

2日目

由良比女神社黒木神社・御所→美保神社